第十三話

弄っていた携帯を置き、ふかふかなソファーに寝そべる。ヒンヤリとした革の生地が肌に気持ちいい。クッションに顔を埋めて目を閉じると、頭に大きな掌が被さった。よしよしと優しく撫でられる。
色々気持ち良すぎてこのままだと寝そうだ。

「眠い?」

低くて甘い声が鼓膜を擽ぐる。

「…んー…」

曖昧な返事をすると直江の笑う気配がした。

「そこで寝るとクーラーが直接当たるから頭痛くなりますよ」
「でもここ涼しいー…」

ゴロンと横向きになると、直江がさっき使っていたパソコンが目に映った。
夏休みにまで学校行って仕事もらってくるなんて、大変なんだな先生ってのは。ファイリングされた書類の束を見て、若干教師の認識を改める。

「仕事終わった?」
「ええ大方」
「んじゃコーヒーいれてくる」
「いや、後でいいですよ」

立ち上がりかけた腕をやんわり掴まれる。行くに行けないので再びソファーに寝転がった。

「高耶さんは夏期ゼミ受けないんですか?」
「んぁ?…あーだって入構代5千円とか高いし。ダルいし」
「俺の授業受けて欲しかったのにな」
「へぇ今年は日本史もゼミやんのか」

去年は確か無かったような。ゼミとか興味なかったから自信はないけど。

パラパラと頬に落ちる髪を耳に引っ掛けられる。そのまま親指で頬を擽ぐるように撫でられた。

「あなたがいると授業がはかどるんです」
「あほか。全部真面目にやれって」
「はは。まー何事もそれなりが大事ってね」
「いいじゃん、家で教えてくれれば。代わりに部屋の掃除とかするし」

意気揚々と提案したが首を横に振られる。良い案だと思ったんだけど、やっぱそういうズルはだめか。

「固いおっさんだなー」
「いやそうじゃなく、掃除はいいんで毎日家に来てくれませんか」
「………へ」
「夏休み毎日っていうともう、同居って感じになるけど」

あぁ、同棲の方が正しいか、と言ってニヤリと笑う顔に口が引きつる。

「…は!?ど、どどどど、」
「ん?」
「どーせーって…、いや…」

ソファーから起き上がり無意味を前髪を整える。予想外の展開だこれは。いや、これまでだって平日も休日も泊まりに来てたけども。

「…いいのかよ?」
「よくなかったら最初から言いませんよ」

お願いします、と念を押される。おまけに学校の女子が見たら即倒しそうな甘い笑顔付きだ。
…これ断れる奴いんのか。

ソファーの下に座る直江に見つめられるが視線を合わせず頷いた。

「いいけど…あんた宿題手伝えよ」
「俺あなたの担任ですよ?」
「あー忘れてた」

そういえばそうだった。

「でも解らないところは聞いてください。あなたに頼られると嬉しいんです」
「そん…、」

言い返そうとしたが、近づく真面目な顔に口を閉じる。
目をつむると噛み付くようにキスをされた。

「ん…」

涼しいクーラーの下でもその唇は熱く、お互いの熱を交換するようにすり合わせる。首に腕を回したい衝動に駆られるが我慢した。抱き締められたらきっと、もっと触れて欲しくなる。

密着する胸板に両手をついて押しのけると、唇はあっさり離れていった。

「コーヒーいれてくるっ」
「はい」

今度は腕を掴まれない。
台所でポットを掴み、ゆっくり深呼吸をした。
いきなりのキスは本気で心臓に悪い。カップにお湯を注いで心拍数を整える。この調子で夏休み毎日って、色々大丈夫か俺。

「あっそうだ。高耶さん、明後日は用事ありますか?」
「?いや…分かんねえけど多分ない」
「ならよかった。明後日の午後は空けておいてくださいね」

明後日?ってなんかあったっけ。

カウンターテーブルに立て掛けてあるカレンダーを見る。今日は21日だから、明後日は23日…23。

「…あ」

今月の23日って――俺の誕生日じゃん。

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